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しょーもない一瞬一瞬を切り取っていく。

スローカーブを、もう一球/山際淳司

 
故・山際淳司さんの書いたスポーツノンフィクションを紹介します。
スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

 

たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。「ゲーム」―なんと面白い言葉だろう。人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。(BOOKデータベースより引用)

 
本書は表題作を含むぜんぶで8つの短編より成り立つ。内訳は野球が4つで、残りはボート、ボクシング、スカッシュ、棒高跳びというマイナー競技である。
 
作者の特徴といっても良いと思うのだが、とにかく文章の構成が素晴らしい。導入と結末の間に回想シーンや相手選手などの発言をふんだんに織り交ぜており、たった1シーンに何重もの深みを持たせている。最初は慣れないかもしれないが、まさに「読ませる」文章である。
主人公の選手だけでなく、ほぼ全ての登場人物にインタビューしている。例えば、表題作の「スローカーブを、もう一球」では自チームの選手や監督だけでなく、相手チームの選手や監督の発言も登場する。
 
その中で特に、最後の「ポール・ヴォルター」に最も引き込まれた。
主人公の高橋卓己さんは非常にストイックな棒高跳びの選手だ。彼がより高い記録を目指す過程における葛藤や喜びが、山際さんの繊細な文章によってありありと表現されている。
ただ、僕が惹きつけられた理由は、それだけではない。この短編だけ、他の7つとは少し異なる思いを持って書かれていると感じたからだ。
 
ぼく自身のことを、ここで語っておけば、ぼくは一度たりとその種の限界に遭遇したことのない、いわば、日常生活者である。肉体の限界に遭遇したいと夢見ながら、目がさめるとぼくは、哀しいかないつも観客席の立場にいるわけだった。(本文より)
 
背が低く、体格で恵まれているとはいえないにもかかわらず、決死の覚悟で自己を追い込み続ける高橋選手を目の当たりして受けた正直な山際さん自身の感情。憧れを通り越し、嫉妬している。そのような個人の感情をノンフィクションの中で表すのは、勇気を伴う大きな挑戦だったのではないか。
これは沢木耕太郎さんの代名詞、ニュージャーナリズムと言えようか。いやいや、もはやノンフィクションの域を出て、山際さんならではの味のあるスタイルを確立されたといっても過言ではないだろう。
 
途中、山際さんはこんなことも言う。
 
暑い一日だった。ぼくは二十代のちょうど半ばあたりを、あえぐように生きていた。たいした夢もなく、「希望」「幸福」関係の言葉とはおよそかけ離れたところをうろついていたというイメージが、残っている。
(中略)
誰もがそうであるように、やりたいことができずにうんざりしていた。そもそも、やりたいことが何なのかわからないという状況もあった。つまり、最悪だった。(本文より)
 
なんだか、今は天国にいらっしゃる山際さんがとても近くに感じました。
 
こちらのブログでより詳細に、分かりやすく「ポール・ヴォルター」、そして山際さんの魅力が書かれています。ぜひこちらもご覧くださいな。
 

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おしまい。