タニグチコウヨウ.blog

しょーもない一瞬一瞬を切り取っていく。

もがいて、もがいて。

僕をやる気にさせるのも、憂鬱な気分にさせるのも、結局のところ自分自身だ。
頭ではわかっている。でも、本当に生きているのが面倒になることがある。


最近また色々と本を読み漁っている。ちきりんさんと梅原さんの『悩みどころと逃げどころ』を読み返してみて、全体的に腑に落ちたので書く。

学校的価値観。僕の苦しみの理由の一つに、これが関係している。それは前から感じていたけれど、ただの独りよがりな考えだとも思っていたので、本書に後押ししてもらえてよかった。

本書においての学校的価値観とは、「真面目に勉強して良い大学に行って大きな企業に入れば、幸せになれますよ」ということ。

僕は小中高と、この学校的価値観にこれ以上なく染まりきっていたと思う。
成績は常に上位であり、部活にも(自分で言うのもアレだが)超がつくほど真面目に取り組んだ。
先生や親に褒められるのが嬉しかったから、そのために頑張った。そのためだけに頑張った。
別に将来一流企業に入ろう、そのためになるべく難関大学に入ろうなどと考えていたわけではない。ただ、周りの環境、親、先生に流されていた。完全な思考停止状態だったわけだ。
修学旅行では夜はきちんと眠り、DSを持って行くこともなかった。友だちはわざわざゲームキューブを持ってきたりしているのに。
僕は改めて(全てではないが)真面目君してたなあと、今振り返ってみても思う。

で、大学では反動が押し寄せた。学校的価値観の言う幸せからなるべく遠ざかろうとしたのだ。周囲がやらないようなことをやりまくった。その一つ一つは些細なことだと言われるかもしれないが。
だが、問題はそのほとんどが他者の評価を目的としていたということだった。僕はあるコミュニティの中で目立ったり褒められたり認められたりすることばかりを目的にしていた気がする。それは意識していた部分もあれば、無意識の内にやっていたこともある。

つまり、僕の青春時代は
学校的価値観に素直に従う、目の前の人に認められたい
→大学でそこから脱却しようとするが、やっぱ他者の評価無しには生きられない
そもそもやりたいことは何?自分で物事を選択できない、立ち往生。
みたいな感じか。飛躍もありそうだが。

素直に学校的価値観に乗っかってきた僕みたいな人間で、いざ将来の選択を迫られた時に困ってしまう人は大勢いるのだと思う。本心では何か違うと思っていても、自分で選択する力がないのだ。

大切なことは自分で選択すること。
そして、精一杯あがくこと。
そうやって選択して、失敗して、あがいてってやっていくと、いつか人生の納得感が得られるよ、いい人生だって自分で言えるよっていうのが、梅原さんの主張。

うん、やっぱりそうなんだろうな。
すると、今の自分は間違ってない。もがきまくっとるもん。
ここに正解を求めたら、それは学校的価値観に染まってる証拠なんだろう。もう少しもがいてみることにする。

というか、もがける余裕があること自体幸せなんだけどね。感謝です。

 

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)