タニグチコウヨウ.blog

しょーもない一瞬一瞬を切り取っていきたい。

みんな最初はわからない/『せいのめざめ』

いつだったか、たぶんまだ僕が5歳くらいの頃の、母親とのやり取りを今でもはっきりと覚えている。
 
僕「あのさー、こどもってさー、どうやったらうまれるのー?けっこんしたらうまれるのー?」
 
母「うーん…まあそんな感じよ」
 
僕「けっこんして、ちゅうしたらうまれるのー?」
 
母「…そうね、そんな感じね」
 
僕「ほんとに??じゃあテレビでじっけんしてみたらいいのに!げいのうじんがためしにけっこんしてみて、ちゅうしてみて、すぐりこんすればいいのに!そしたらほんとうかどうかわかるじゃん!!!」
 
母「……そ、そうね~笑」
 
せっかく5歳の息子がテレビの企画をプレゼンしているというのに、母親はひたすら濁している。当然だろう。恐らくこの状況でほんとうのことをペラペラ包み隠さず話せる親はごく少数であろう。それはわかる。
しかし「まだ早い」という親の思いとは逆に、子どもはこういうことを考えることを「あまりよくないこと」として認識するようになる。
そして「あまりよくないこと」だと思うからこそ、逆に性への興味は尽きなくなると僕は思っている。ダメと言われたら、やっちゃいたくなるのだ。人間だもの。みつを。
 
結果として、こういった「性」に関する記憶は頭の隅にこびりつき、どんなに昔のことであれ、22歳の現在も鮮明に思い出すことができる。
特に思春期の性に関する疑問や勘違いエピソードを挙げ出すとキリがない。披露する機会は合コンの2次会の他にあるだろうか。
 
さてさて、本書『せいのめざめ』では思春期の性 への疑問や勝手な解釈を男性、女性、それぞれの視点で赤裸々に描いている。
著者はイラストレーターの益田ミリさんとライターの武田砂鉄さん。といっても対談ではない。2名とも得意分野を活かし、益田さんはマンガで、武田さんはコラム形式で各々表現している。
 
公式の内容紹介には、
"10代の性の知識は自由、かつ大胆不敵。
♂・♀それぞれの立場から妄想と憧れの日々を描いた問題作!"
とある。
 
そう、思春期の性の思考回路は、きっと今より自由で、大胆不敵なんだ。だから、男子は卵巣が"挿すとウィーンと中心に出てくる"と思い、女子はキンタマが本当に金色だと思うのだ。
 
僕は男で、しかも中高6年間男子校だったということもあってか、武田さんのコラムは「ああー!こんなこともあった!」とニヤニヤしながら読み進め、時には声に出して笑ってしまう所がいくつもあった。
エロ本の隠し場所はどうしていたとか、親がやってるのを見てしまった友人はどうなったとか、本当にくだらないことばかり。でも、自分も考えていたようなことだから、くだらなくても、くだらないからこそ、文章からあたたかみを感じた。
 
一方、益田さんのマンガには、驚かされてばかりだった。女子って、こんなこと考えてたのかと。身近に女子がいなかったからと言い訳しておくが、女子の思考なんて当時考えもしなかった。
例えば、ちんちんについて。男子が女子のモノはどうなっているんだろう、と想像するように、女子も同じように疑問を持っているのである。
 
たぶん、全てとは言わないが、多くの人がこの本のエピソードのどれかには共感すると思うし、その意味で性の悩みはある程度普遍的であるように思う。
 
僕も中学高校の時は、性について色々考え、悩んだ。
今と違って、当時はガラケー全盛期。「パケホーダイ」という響きが懐かしいが、僕は普通のプランだったので、電車でちょっと調べものという、今では当たり前のことができなかった。
自分のパソコンも持っていなかった。一人っ子のため上から教えてもらうこともできず、また恥ずかしくて父にも相談できなかった。保健体育の教科書などはあてにしていなかった。だから性についての疑問の解消方法は友人に聞くしかなかった。
 
今考えると友人から色々とデタラメを教え込まれたわけだが、当時はそれを信じて一喜一憂していた。いや、明らかに憂の方が多かった。
 
中2の頃、一番悩んでいたのはオナニーについてだった。
事が済んだ後のあの強力な虚無感と体力的な疲れがまだ何も知らなかった僕を不安にさせた。経験ある人も多いのではだろうか。当時はシンプルにやっていいことなのかわからなかった。
でも、不安になりながらも、当然やめられないから、不安を払拭できない。
 
僕には医者を志している親しい友人がいた。彼に聞いたら、虚無感は当たり前だよ、だから全然普通だよ、と言ってくれた。彼は僕の性についての唯一の"先生"だった。
しかし一方で、毎回できるだけ同じ時間帯にした方がいいよとか、毎日はしない方がいいとか、謎の情報もたくさん教えてくれて、僕はそれを逐一信じていた。そのせいでほんとうに不安になったりしていた。おいおい、かわいいやっちゃなあ。
 
そんな僕が思い切って学校のカウンセラー室に行ったのが、中3の6月だった。
そこで僕がこれまで"先生"から教わってきた様々な情報を正してもらい、救われた。
 
当時不安だった僕がもしこの本を読んでいたら、どんなに安心しただろう。読みたかったなあ。
ただ、この本を手にするのは大人ばかりなのかな。そうだとしたら残念だ。
 
どんな悩みでもそうだが、周りにも同じような悩みで苦しんでいる人がいるということを知っているだけで随分と救われる気がする。
 
今はネットが身近にあって、簡単に情報を得られるようになって、性について悶々と悩んだり、友人に聞いたりする機会は減っているのだろうか。そんな気がする。
「オナニー 男」ってグーグル先生に聞くだけで、少なくとも当時僕が必要としていた情報を得ることができた。まったく便利な世の中になったもんだ。
 
『せいのめざめ』を読んで、はじめて友人以外の性の話をオープンに聞いた。それは、懐かしくもあり、あたたかくも感じた。確かに仲間がここにいる。安心できる。みんな最初はわからないんだ。それでいいんだと思える。
 
目を細めて懐かしがる大人はもちろん、ぜひ不安でいっぱいの10代にこそ手に取ってほしい。
 
本書に触れ、改めて思う。この時代を生きる中学生、高校生、大学生が性についてどんなことを考えているのか。今、僕の関心はそこにある。
 
せいのめざめ

せいのめざめ