タニグチコウヨウ.blog

しょーもない一瞬一瞬を切り取っていきたい。

スローカーブを、もう一球/山際淳司

 
故・山際淳司さんの書いたスポーツノンフィクションを紹介します。
スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

 

たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。「ゲーム」―なんと面白い言葉だろう。人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。(BOOKデータベースより引用)

 
本書は表題作を含むぜんぶで8つの短編より成り立つ。内訳は野球が4つで、残りはボート、ボクシング、スカッシュ、棒高跳びというマイナー競技である。
 
作者の特徴といっても良いと思うのだが、とにかく文章の構成が素晴らしい。導入と結末の間に回想シーンや相手選手などの発言をふんだんに織り交ぜており、たった1シーンに何重もの深みを持たせている。最初は慣れないかもしれないが、まさに「読ませる」文章である。
主人公の選手だけでなく、ほぼ全ての登場人物にインタビューしている。例えば、表題作の「スローカーブを、もう一球」では自チームの選手や監督だけでなく、相手チームの選手や監督の発言も登場する。
 
その中で特に、最後の「ポール・ヴォルター」に最も引き込まれた。
主人公の高橋卓己さんは非常にストイックな棒高跳びの選手だ。彼がより高い記録を目指す過程における葛藤や喜びが、山際さんの繊細な文章によってありありと表現されている。
ただ、僕が惹きつけられた理由は、それだけではない。この短編だけ、他の7つとは少し異なる思いを持って書かれていると感じたからだ。
 
ぼく自身のことを、ここで語っておけば、ぼくは一度たりとその種の限界に遭遇したことのない、いわば、日常生活者である。肉体の限界に遭遇したいと夢見ながら、目がさめるとぼくは、哀しいかないつも観客席の立場にいるわけだった。(本文より)
 
背が低く、体格で恵まれているとはいえないにもかかわらず、決死の覚悟で自己を追い込み続ける高橋選手を目の当たりして受けた正直な山際さん自身の感情。憧れを通り越し、嫉妬している。そのような個人の感情をノンフィクションの中で表すのは、勇気を伴う大きな挑戦だったのではないか。
これは沢木耕太郎さんの代名詞、ニュージャーナリズムと言えようか。いやいや、もはやノンフィクションの域を出て、山際さんならではの味のあるスタイルを確立されたといっても過言ではないだろう。
 
途中、山際さんはこんなことも言う。
 
暑い一日だった。ぼくは二十代のちょうど半ばあたりを、あえぐように生きていた。たいした夢もなく、「希望」「幸福」関係の言葉とはおよそかけ離れたところをうろついていたというイメージが、残っている。
(中略)
誰もがそうであるように、やりたいことができずにうんざりしていた。そもそも、やりたいことが何なのかわからないという状況もあった。つまり、最悪だった。(本文より)
 
なんだか、今は天国にいらっしゃる山際さんがとても近くに感じました。
 
こちらのブログでより詳細に、分かりやすく「ポール・ヴォルター」、そして山際さんの魅力が書かれています。ぜひこちらもご覧くださいな。
 

d.hatena.ne.jp

 

おしまい。

風の歌を聴け/村上春樹

ほぼ日で先日まで雑誌『考える人』の編集長をされていた河野通和さんが今の19歳に読んで欲しい本30冊を紹介していく連載がはじまった。
僕は暇なのでここで紹介されていく本をなるべく読んでいきたいと思う。19歳かどうかは、あんまし関係ないでしょう。
河野さんとは約1年前ほぼ日で行われたイベントでお話したことがあり、当時の僕の浅はかな将来の展望を優しく聞いていただいた経緯もあり、すぐにこうしたいと思った。
 
とはいえだ。僕は飽きっぽい。僕は僕のその部分を一番信用していない。が、退屈な日々を上手く紛らわすのと何らかの教訓を得る目的で手始めに最初の一冊を手に取ってみた。
 
風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 

 
村上春樹の処女作。
正直、内容はつかみきれない。断片的で、あっちこっちに振り回される印象。
なのに、何故だがページをめくる手は止まらず、最後まで夢中に読めてしまう不思議な作品である。
 
冒頭の一行がすきだ。「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
 
地中海?カスピ海?とにかく日本が舞台ではないのでは?と思わせる気取った文体。でも、鼻につかない。
 
この作品は3部作の最初で、続きがあるそうなので、それはもうすぐにでも読みたい。
 
 
ところで新宿にはBOOKOFFが西口と東口に一つずつある。ちょうど両店で20%offセールをやっていたので、家にこもるお伴を求めて向かった。西口⇒東口とハシゴしたのだが、その際に一歩も無駄にせず、本当に最短ルートを歩いたと思う。無意識の内に。
 
道に慣れるということは、それだけ多くの回数を歩いたということだし、それはつまりその道にそれだけの思い出があるということだ。
新宿には楽しい思い出も、苦い思い出もある。
もう会えない人、大好きな人、お世話なった人。色んな人と歩き、話し、ご飯を食べた新宿では、僕は確かに誰かと関わっていた。
あの頃が、懐かしい。

もがいて、もがいて。

僕をやる気にさせるのも、憂鬱な気分にさせるのも、結局のところ自分自身だ。
頭ではわかっている。でも、本当に生きているのが面倒になることがある。


最近また色々と本を読み漁っている。ちきりんさんと梅原さんの『悩みどころと逃げどころ』を読み返してみて、全体的に腑に落ちたので書く。

学校的価値観。僕の苦しみの理由の一つに、これが関係している。それは前から感じていたけれど、ただの独りよがりな考えだとも思っていたので、本書に後押ししてもらえてよかった。

本書においての学校的価値観とは、「真面目に勉強して良い大学に行って大きな企業に入れば、幸せになれますよ」ということ。

僕は小中高と、この学校的価値観にこれ以上なく染まりきっていたと思う。
成績は常に上位であり、部活にも(自分で言うのもアレだが)超がつくほど真面目に取り組んだ。
先生や親に褒められるのが嬉しかったから、そのために頑張った。そのためだけに頑張った。
別に将来一流企業に入ろう、そのためになるべく難関大学に入ろうなどと考えていたわけではない。ただ、周りの環境、親、先生に流されていた。完全な思考停止状態だったわけだ。
修学旅行では夜はきちんと眠り、DSを持って行くこともなかった。友だちはわざわざゲームキューブを持ってきたりしているのに。
僕は改めて(全てではないが)真面目君してたなあと、今振り返ってみても思う。

で、大学では反動が押し寄せた。学校的価値観の言う幸せからなるべく遠ざかろうとしたのだ。周囲がやらないようなことをやりまくった。その一つ一つは些細なことだと言われるかもしれないが。
だが、問題はそのほとんどが他者の評価を目的としていたということだった。僕はあるコミュニティの中で目立ったり褒められたり認められたりすることばかりを目的にしていた気がする。それは意識していた部分もあれば、無意識の内にやっていたこともある。

つまり、僕の青春時代は
学校的価値観に素直に従う、目の前の人に認められたい
→大学でそこから脱却しようとするが、やっぱ他者の評価無しには生きられない
そもそもやりたいことは何?自分で物事を選択できない、立ち往生。
みたいな感じか。飛躍もありそうだが。

素直に学校的価値観に乗っかってきた僕みたいな人間で、いざ将来の選択を迫られた時に困ってしまう人は大勢いるのだと思う。本心では何か違うと思っていても、自分で選択する力がないのだ。

大切なことは自分で選択すること。
そして、精一杯あがくこと。
そうやって選択して、失敗して、あがいてってやっていくと、いつか人生の納得感が得られるよ、いい人生だって自分で言えるよっていうのが、梅原さんの主張。

うん、やっぱりそうなんだろうな。
すると、今の自分は間違ってない。もがきまくっとるもん。
ここに正解を求めたら、それは学校的価値観に染まってる証拠なんだろう。もう少しもがいてみることにする。

というか、もがける余裕があること自体幸せなんだけどね。感謝です。

 

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 

なんでだろ。

うーん、苦しい。
やりたいことがない。人と会いたくない。何もしたくない。面倒くさい。毎日がつまらない。
 
僕がこんな風に思うようになってからもう2年くらい経つだろうか。
人に会いたくないと思いはじめて、大学時代のたくさんの出会いを無下に扱うことは、自分自身も苦しめたが仕方なかった。誰とも話したくなかったし、それは今もあんまし変わっていない。
 
もちろん楽しい日々もあった。救ってくれた恩人もいるし、本当に大切に思っている人はいる。
でも、一人になった途端、何も面白くない、辛い日々となる。
 
これから書く文章は誰かに読んでほしい訳でもなく、とりあえず何か書いておかなきゃヤバいという使命感で書く。
現在はギリギリ生きるためのバイトだけをしている状況で、Youtubeやマンガに逃げ込んでいる。まあ今にはじまったことではない。
 
以前は周囲からは活発に思われていたであろうし、僕も自分は活発な性格だと思っていたのだが、何故僕はこんな風になってしまったのだろうか。
 
それを、とりあえず、これからの数日か数週間か、無理をせずに整理していこうと思う。嫌になったら、やめる。

デジャブ。

昨日の朝の出来事。
 
家から出ると、甲州街道沿いにバックパッカーを担いだ欧米人カップルがいた。なにやらキョロキョロして、落ち着かない様子だ。
 
学校が始まるまで時間はあまりない。
さあ、どうするオレ。。
 
以前の失敗を思い出し、Can I help you?と切り出してみる。
 
すると、男性がこう返してきた。
 
ヒッチハイクでタカヤマまで行きたい”
 
僕は一瞬この人は何を言っているのか分からなかった。頭の中でタカヤマタカヤマ…はてなんじゃったかの…と思考を巡らせる。
 
あー!!高尾山のことを言ってるのか。OKOK。まあ、ヒッチハイクで行くのは賢いとはいえないけど、行けなくもないな。
と、一人で腑に落ちていると、NOと言ってくる。
 
男性が見せてくれたスマホの画面には、なんとあの、岐阜県高山市が表示されていた。東京から高山市まで約350キロ。そうかそうか、チミたちはヒッチハイクで飛騨高山まで行きたいのか、ハハハハハ…ハハ…。
 
バカもーーーん!まず遠い!んで普通ここでヒッチする?甲州街道だよ!?はじめてみたよ!だいたい今何時だと思ってるの!9時前だよ?朝だよ?朝みんな忙しいから乗せてくれるわけないでしょーが!!
 
と言いたい気持ちをグッとこらえて、OK, you are crazy guysとニッコリ伝えると、Yes, we are crazy challengersとニッコリ返してきた。
おまけに、この方面はタカヤマの方面だろ?そうだろ?と自身満々に言ってくる。確かにそうだけど…。新宿方面か府中方面か言うのと同じトーンで言うんじゃないヨ!
 
最終的に、日本でヒッチハイクするならここだよ、と用賀ICを教えてバイバイした。彼らはニッコリとサンキューと言っていたが、まだ甲州街道でのチャレンジを諦めていないようだった。
 
彼らと別れた後歩きながら、いやあクレイジーだったなあなどと少々バカにしていたのだが、途中から急に過去の自分の体験を思い出し、恥ずかしいやら懐かしいやら、よく分からない気持ちになった。
 
僕が3年前にタイのバンコクに行った時のこと。全くのノープランで、とりあえず北方のチェンマイという街を目指そうとした。選んだ交通手段はヒッチハイクだった。
 
バンコクからチェンマイまではるか700キロ。
まさに甲州街道のような慌ただしい道路で、僕はヒッチハイクを試みては、失敗を繰り返した。でも、中には優しい方もいて、何人かに乗せてもらった。とある若者のグループには乗せてもらったうえにお昼ご飯までごちそうになり、バイクで2ケツしていたカップルにはもう夜遅いからと女性が降り、代わりに僕を後ろに乗せてバス停まで送ってもらった。
 
結局、時間的な問題もあり、諦めて電車に乗ることになるのだが、大学1年生の時の怖いもの知らずだった僕と、バカな日本人旅行者を全力で助けてくれたタイの方の記憶が鮮明に甦った。
 
そんな自分を棚に上げて、彼らにバカもーーーん!などとどの口が言えようか。否、言えるわけがなかろう。
 
強烈なデジャブを感じ、僕は電車に乗った。
はたして、彼らは1日でどこまで行けただろうか。幸運を祈るばかりである。
 

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香港旅③~カジノで真剣勝負~

 煌びやかな空間で、客は狂ったように金を賭けていく…。
 
 マカオのカジノに行ってきた。香港からターボジェットで約1時間。到着後、南のタイパやマカオのシンボル、聖ポール天主堂跡にも行ったのだが、そちらは後日アップする動画で。
 今回はカジノの非日常すぎる体験を、ぜひ夢から醒めないうちに記録しておきたい。(カジノ内は撮影禁止なので、室内の写真は無し)
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 金の亡者タワー。
 グランド・リスボアホテルをはじめて目の当たりにしたときに僕の頭に浮かんだワードだ。僕がこれまで見たどの建物よりも、ゴージャスで、煌びやかで、妖しい光を放っていた。これまでカジノ営業で得た莫大な資金を元に造られたと思われる。
 中に入るとすぐ目の前がカジノの入口だった。ガードマンがいるだけで、特に荷物検査などはなく意外にすんなりと入ることができた。恐る恐る歩を進める。視界が開けると、あまりの広さと人の賑わいに尻込みする。いよいよカジノに来たんだ。
 ここにいる人は何を生業としている人だろう。いかにも金持ち、な身なりの人は少ない。金持ちが金持ちに見えないのが中華系の金持ちの特徴なのだろうか。ほとんど、いたって普通の観光客、それもアジア系の人が多い。そこまで高そうな服を着ているわけではない、タイ系や中華系の客が1000香港ドル(約14500円)をぽんぽんと、賭けていく。
 
 人気なのはやはりディーラー相手のテーブルゲーム。中でも特に賑わいを見せていたのは「大小」というゲームだ。大小は3個のサイコロを使う賭博で、客はその合計数を予想する、一種の丁半賭博である。合計数の中で4~10は小、11~17が大。小か大に賭けて当たれば2倍になって返ってくる。加えて、合計数をピンポイントで当てる賭け方や、3つの出目の内2つを当てる賭け方などもあり、そちらは当然倍率は高い。
 テーブルの向こう側にいるディーラーは、機械を使いサイコロを振る。その後、客が出目を予想し、自由にチップを賭ける。機械は黒い円筒に覆い被され、ディーラーからも客からも中は見えない。テーブルの端にはモニターが設置されており、「小小大小大大大小大小」のように過去10回分の結果が表示されている。客はこれを見ながら、「小が4回も続いているから、ここは流れに乗って小にしよう」「いや、そろそろ大がくるだろう」と各々予想するのである。ディーラーは客が十分に賭けたと判断すると、出目を開示する。それによって客は一喜一憂するのである。この1セットが約1分ほど。そのわずか1分の間に大金が動くこともある。
 
 やってみたい。しかし、テーブルの大小で賭けられる最低金額は最低でも200香港ドル(3000円)で、とても気軽に参加できるものではなかった。1000香港ドルのチップを次々と賭けていく客に圧倒される。僕はただただ初めて見る世界に対して、驚き、警戒し、茫然としていた。こんなにぽんぽんと金を賭けられるのは、楽しいだろうなとも思った。
 
 それでも何かやりたかった。せっかくマカオまで来てビビッてただ見るだけという選択肢は、頭の中にはなかった。テーブルゲームはどれもリスクが大きい。気軽に賭けられるものはないのだろうか。そう思いあたりを見渡すと、ひときわ目を引くものを発見。広いカジノの中央奥。一番目立つところ壁に立てかけてある見た目も派手なルーレット。見ると、最低25香港ドルから賭けられる。僕はこれに目をつけ、試しにやってみることにした。席は前と後ろの2列で全15席ほどある。僕は後ろの列の一番左の席に腰を下ろした。まずは数回分、観察する。隣には、眼鏡をかけた香港人らしきおじさんが座っていた。
 
 このルーレットは、一般的な玉がコロコロ転がって穴のどれかに落ちるというものとは少し違い、地面と垂直に設置された巨大なルーレットが回り、最も高いところにある針が止まったところにある数字が出目となる。マスは全部で52箇所で、1が24箇所、3が12箇所、6が8箇所、12が4箇所、25が2箇所で赤色と黒色の50が1箇所、大体こんな感じだったと思う。当てると賭けた金額に加え賭け金にマスの数字を掛けた金額が入ってくる。外すと賭け金は没収される。(当たり前かな?)
 制限時間内に賭ける金額と賭ける数字を決める。ルーレットを回すボタンを押し回転に強弱をつけられる役も、順番でやってくる。見るだけの「見(けん)」もできる。過去30回分ほどのデータも常時モニター上に更新され続けるので、大小と同じように参考にする。
 
 僕はまず最初に50香港ドル賭けてみようと思った。お金がない僕にとって、最初の賭けはあまりにも重要だ。これを当てるか外すかで長くカジノで遊んでられるかが決まるからだ。
 見を続けながら、ここ20回ほどは1の回数と並んで3が多いと感じていた。数回見送った後、次が3!直感でそう感じ、30香港ドルを急いで挿入。自分のタッチパネルの3を押す。ルーレットが勢いよく回転をはじめる。どきどき、どきどき。
 1,25,12,3,1,6,1…。カタ、カタ、カタ…カタ……カ…タ………。ルーレットの針が示したのは、3!3だ!!3を選んだお客様おめでとうございます、と言っているであろう広東語が、軽快な音楽とともにスピーカーから流れてきた。やった!たった3倍とはいえ、賭けた30ドルと30×3で90ドルが戻ってきて、僕のモニターに140香港ドルというお金が表示された!これであと全部外しても5回はゲームに参加できる。そんな単純なことが嬉しかった。
 
 その後も見を挟みながら賭け続け、数回負けたが、これまた一度神のお告げが聞こえてきて、6倍を当てたため、僕のモニターには一時265香港ドルが表示された。ここで勝ち逃げしても、3000円近くの勝ちとなる。ちょっと遊びに来ただけだし、十分な額ではないか。今考えるとそう思わなくもない。しかし、この時はこの席に座っている、ただそれだけで僕の気持ちは高揚していたので、離れることはできなかった。長く座っていると、お姉さんからメンバーズカードを作らないかと誘われ、無料だったので作ると、タダで水をくれたりして、ちょっとしたVIP気分を味わえた。グランド・リスボアは1泊数十万するホテルだが、ここカジノは僕みたいな一般人も楽しむことができるのだ。
 勝っている、お姉さん、タダの水、カジノのメンバーズカード、そしてカジノ独特の熱気、煌びやかな電飾…、僕をこの席から離さないには十分すぎる理由がそこにはあった。もっとも、こうした待遇や環境は全て、客にたくさん金を使ってもらうための布石なのだが…。
 
 一方、隣の香港人おじさん。最初にチラリとモニターを見たときは700香港ドルはあった。おじさんは恐らく賭博において最も一般的な賭け方であろう、安全なところとハイリターンのところのどちらにも賭けるというものだった。つまり、一度に1,3,50に賭けるのだ。こうすることにより、数回に一度は訪れる1,3を確実に当て、稀にくる50倍のときに25×50で1250ドルを一気に獲得することができる。堅実でいて、チャンスを逃さない戦方だ。ただ、この時は運が悪かった。12,25,12などと続くこともあり、50はおろか、1や3もなかなか出なかった。この間おじさんは毎回75ドルを失い続けていた計算になる。ルーレットが止まる度に舌打ちが聞こえる。仮に1万回回して統計を取ったら、3よりも12が多くでるなんてことはあり得ない。ただ、瞬間的にはこのように出にくい数字が連続で出るということもある。これがギャンブルの面白さであり、怖さでもある。マ、マジかよ…という展開が起こり得るのだ。
 僕はというと、この頃ずっと見をしていたから助かった…わけではなく、僕は僕でおじさんとは別の賭け方で苦しんでいた。
 
 僕は一度6倍を当てたことをいいことに、6倍に連続で賭け続けていた。6倍ヘビロテ作戦だ。6は確率的には6,7分の1で出るはずなので、外してもめげすに6に賭け続ければ得も損もしないだろう、という安直の極みのような作戦だった。少し頭もボーっとしてきていて、あまり考えていなかったのである。6ならその内くるだろうと。ここ10回も出ていないから、さすがにそろそろくるだろうと。僕は我慢を続けた。ようやく一度だけ出たが、6が本当に出ない出ない。その一度と細かい当たりがあっただけで、7連続くらいで負け続ける。僕のモニターの数字はどんどん減っていく。残り40香港ドル。最後のチャンスである。50香港ドルで30分以上は遊ばせてもらった。もう十分だ。これで外したら最後、ギャンブルから手を洗おうじゃないか。最後、最初に勝たせてもらった3に賭ける。おれには3しかない、おれのラッキーナンバーは3なんだと思ったりしてみる。そうこうしているうちにルーレットが止まる。針が指した数字は…6。ここで6かーーーい!
 悔しい。ここでやめようなどというさっきまでの思いは、既にあらぬ方向へ行っていた。この負けを取り返すべく、僕は財布から100ドル札を取り出し、様子を窺う。僕は集中していた。じっと勝負どころを待つ。
 数回見を重ねただろうか。ふと、どこからか声が聞こえる。”ここだ”という声が。神か仏か、あるいはあの平手打ちおばさんか、いやそれは絶対にない。とにかく、この時何かが僕の右脳に”12!たぶん12!”と訴えかけてきた。迷っている時間はない。12に25賭け!カタカタカタカタ。3,1,6,1…3……12。うおおおお!僕は思わずガッツポーズしていた。賭けていたのは25香港ドルだけだが、12倍の300香港ドル増やすことができた。香港おじさんの舌打ちなど、もはや気にならなかった。
 僕のモニターには最初の賭け金の残りの15香港ドルと合わせて415香港ドルが表示された。ここがやめ時だ。cash outのボタンを押し、$415と書かれたレシートを手に取り、席を立った。ルーレットはただの運任せなのだが、単純な僕はとても興奮していた。
 
 換金できる場所はどこかと係のおばさんに訊くと、地下だという。それに従い、近くのエスカレーターで降りていったのだが…。僕はここでまた信じられない光景を目にする。なんと地下もカジノだったのだ。1階だけでもかなりの広さを誇っていたのだが…。エスカレーター近くの換金所で、現金415香港ドルを受け取る。このお金を受け取る瞬間は嬉しい。ここから財布から出した150を引いた265香港ドル、4000円が僕の利益となった。
 その後、地下の大小に挑戦。これはディーラー相手ではなく、全て機械が相手のもので最低賭け金が10香港ドルとのことだったので、気軽に遊んでみることにした。大は小を兼ねるとも言う…とかブツブツ言いながら一人でやっていたら、10ドルが一時140ドルにまで増えていた。が、しかしその後調子に乗り、残額は0に。だが10ドルで20分近く遊ぶことができた。席を立ち、人の間を縫うように歩きながら、スロット、バカラなど様々な賭けが行われている現場を近くで観察する。しかし、どれもピンとこなかった。
 
 僕はグランド・リスボアを後にし、隣接するリスボアホテルに向かった。リスボアホテルにも当然カジノはあるのだが、カジノというより賭博場という響きが似合う、少し古めの建物だ。しかし、中に入ってみると綺麗に掃除されており、特にトイレは清潔に保たれていた。
 
 ここでもメインとなるのは大小、それからバカラ。最低賭け金が300香港ドルのテーブルが多かったため、ここでも僕はちまちまできるところを探していると、やはり機械相手の大小に足が向かった。この機械では20cm四方ほどの大きなサイコロが、透明な筒の中で、機械の底の部分が強く上に飛び出すと同時に「ボーン!ボーン!」という大きな音とともに振られる。その筒の周りを9席ほどが囲んでいる、ちょうどQさまのプレッシャースタディのような空間だ。
 その時は黒髪ロングのマカオ美女が一人だけ座っていた。俯いた表情は、どことなく壇蜜に似ている。僕も席に着く。もちろん壇蜜と目が合う位置に。底が飛び出すタイミングと強さを客が目の前のボタンを押すことでわずかに操作できるようだ。壇蜜は、飛び出す瞬間に毎回強く、しかし集中した様子でボタンを叩いていた。モニターを見ると、過去10回中6回、合計数の9を出していた。これは偶然か、それとも狙っているのか。狙っているとしたら、マカオの壇蜜、相当なやり手である。しかも、人気のあるディーラー相手ではなく、人気のない機械相手に一人寂しく立ち向かっているところにグッとくる。僕もその恩恵にあやかろうと9に賭け続ける。僕はボタンは押さず、すべて壇蜜任せ。完全なヒモ状態である。2回に1回は当たり、あっという間に100ドルが240ドルになる。壇蜜が「あなた、おいしいところ持っていくわね」と、ジャパンから来たヒモに目で語りかけてくる。言葉は交わさないが、幸せな時間だった。
 しかし、である。そこに酔っ払いのおっちゃん3人組とおばはん2人がどかどかと入ってきて、壇蜜との密会は突如として終わりを迎えた。挙句の果てに、おっちゃんたちがばんばんと何の考えもなしにボタンを押すから、タイミングがずれて9が全く出なくなった。せっかくルーレットで勝ったお金を無駄にはしたくなかった。僕は180ドルとなったところで「短い間だったけど、ヒモでいさせてくれてありがとう」と壇蜜に目で伝え、席を立った。壇蜜の表情は変わらず、その目は既に次の勝負へと向かっていた。
 
 その後、ウィンホテルの想像を絶するカジノの広さ(野球のグラウンドくらい)に興奮し、スターホテルのカジノでは様々な賭け方、表情、振る舞いを観察した。負けてディーラーに大きな声を出して立ち去っていく者。ドーンと賭けて、ドーンと負けて、でも全く気にしていない様子で他のテーブルに向かう者。死んだ魚の目で賭け続けている者。カジノには色んな人種がいて、光と闇を同時に見たような気がした。
 結局340香港ドル、5000円勝つことができた。合計で6時間ほどいたので、時給換算すると850円ほどか。ありがたく旅費に使わせていただくことにする。妖しく光を放ち続けるカジノ街を背に、深夜の便で香港に戻った。

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 これまで競馬もパチンコもやったことのない僕が、どうしてカジノに行ったのかと聞かれれば、それは沢木耕太郎さんの影響だと答える。僕が香港に来たのは、お世話になった大学の先輩に会うため、日本の花粉から逃げるためという理由もあるが、ほんの気まぐれという面も大きい。でも、気まぐれであれ、なぜ行き先に香港を選んだかというと、それは沢木耕太郎さんの『深夜特急』を昨年末に読んだからだ。この本は文庫本版で全6巻あり、沢木さんが26歳の時、1973年頃の旅を綴った紀行文である。その内第1巻が香港、マカオ編となっていて、実際にナイトマーケットやカジノに行った体験が記されている。Amazonのレビューを読んでもらえれば分かる通り、読むとたちまち海外に飛び出したくなる、まさに”麻薬”のような本。
 発刊から20年以上経った今でも、日本人バックパッカーのバイブルとして、根強い人気があるそうで、旅人のブログなんかを読んでいると、たびたび登場する。沢木さんの繊細な感性、無謀な挑戦、詳細な記述、独特な文体。僕も虜になった一人だ。この本がなかったら、このタイミングで香港に行こうとは思わなかっただろう。 読んだあとの責任は負えないが、まだ手に取っていない人はぜひ読んでみてほしい。
 
(賭博を)やめて帰ろうという判断は確かに賢明だ。しかし、その賢明さにいったいどんな意味があるというのだろう。
~中略~
やろう、とことん、飽きるか、金がなくなるまで…
深夜特急1 香港・マカオ』より
 
 今、この本を読み返している。「もう一度マカオに行こう。行かなくては。何カジノを分かった気になっているんだ」という気持ちにさせられてしまうのだが…。
 その気持ちをグッと押し殺し、僕は明日、東京に帰る。

香港旅②~白熱の値段交渉~

2日目は昼から行動開始。
旅のお供ビーチサンダルを買ったり、トラムに揺られ香港島を巡ったり。土地勘がついてきて、だいぶ香港に慣れてきた。そのあとは、香港のマグネットを探し求めて、歩き回った。
 
僕は海外のマグネットをコレクションしている。海外に行くと決まって、なるべく安く、多くの種類を買うようにしている。逆に自分へのお土産はそれ以外はほとんど買わない。それくらい好きなのである。
 
イッテQで内村さんがマグネットおじさんという企画を結構前にやっていたこともあり、このようなマグネットの存在を知っている人もいるだろう。
 
今回はマグネット好きの僕がこれから先も避けることのできないであろう、値段交渉について書こうと思う。
露店での買い物は基本に”言い値”(値札が置かれておらず、その時々で変化する)であり、交渉次第で値段を下げることができるのだ。
 
 
夕方、九龍の旺角という駅の近くの女人街という露店通りに行った。入り口からも半端じゃない熱気が伝わってくる。
 
入ってすぐ、最初の露店に置いてあるマグネットが目に飛び込んできた。そして、値段が書かれていない。避けられない勝負を予感させる。
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ああ、始まるんだ…。3年前に東南アジアでやって以来の値段交渉である。少し不安な気持ちになりながらも、気を引き締める。
 
いよいよラウンド1のはじまりだ。
 
お店のおばさんが近寄ってくる。年は50代後半であろうか。僕はマグネットを物色しつつ、おばさんの方にチラリと目を移す。その風格に思わずたじろぐ。歴戦の商売人であることが一目で分かった。おばさんの和やかな表情が常勝の自信ゆえのものである、そう感じた瞬間、
「ワン、ナインティーン!セブン、ワンハンドレッド!」
と、挨拶代わりのジャブを繰り出してきた。
 
1つで19香港ドル、7つで100香港ドルということだ。約1450円。
 
今日のお昼に行った、室内の小綺麗な土産物屋で7つで98香港ドルだった。ああ、やっぱりお昼の店で買わなくてよかったと思った。露店の最初の言い値は必ずふっかけてくるからだ。これは高すぎる。
 
対して僕は、訳が分からないという表情で、さっき行った店の方が安いよ、と余裕でジャブをかわす。
普通の店での相場を知っている分、おばさんに対して有利に立つ。序盤、一歩リードの展開。
 
おばさんは仕方がないという表情で相手を諭すように言う。「エイト、ワンハンドレッド、OK?」
 
僕は首を横にゆっくり振りながら、ノーとはっきり言う。
 
それを聞いたおばさんは急にイライラし始め、明らかに不機嫌な表情になる。その表情のまま「エイト、ワンハンドレッド!」「ノー」のやり取りを数回繰り返す。
 
こちらから「ナイン?」とは絶対に言わない。そしたらそれで交渉が終わってしまう可能性があるので、必ず我慢して相手の出方を窺う。まだまだいけると思ったからだ。交渉を有利に進めるためには、いかに相手に言わせ続けられるかが大事なのである。
 
おばさんの連続パンチに対し、ノー一点張りの防御姿勢で応戦。怯んで「OK」と言ってしまったら、そこで試合終了だ。
 
数秒間のにらみ合い。
 
しびれを切らしたおばさん。「…OK、ナイン」
 
よしよし、いいぞ。
しかし、この時手元に80香港ドルしかなかったのと、まだ女人街に入ったばかりだったので他の露店も見てみたいという気持ちが芽生え、お金無いからまたあとで来るよ、と伝えて歩き始めた。
もう一つ意味があった。客側の最終手段、帰るフリだ。失敗するとそれきりだが、相手が追いかけてくれば、こちらが有利な状況に一気に傾く。
 
歩き始める。背後のおばさんの反応を気にする。10mほど歩いたところで、案の定、おばさんの「テン!テン!」と叫ぶ声が聞こえた。
 
とっておきの右ストレートが綺麗に決まった。もうここまでくれば十分だ。予想以上の結果に僕は満足していた。
 
僕は100ドル持っていなかったが、ひとまずおばさんの元まで戻って、再び必ず帰ってくると伝えた。しかし、それを聞いたおばさんはとても不機嫌な顔になった。このとき、値段には満足だけど、正直このおばさんからは買いたくないなと思った自分がいた。
 
ここからおばさんが一気にヒートアップする。
本当に80ドルしか持ってないのか見せてみろとものすごい剣幕で迫ってきたのだ。仕方なく財布から80ドルを出して見せた。その時だった。おばさんは80ドルを僕の手元から奪い取り、叫び出した。
 
「エイト、エイティー!エイト、エイティー!」
 
驚いた僕が取り返そうとすると、僕の手をぴしゃりと叩き、叫び続ける。僕は「It's mine!」とできるだけ凄みながら、取り返そうと試みる。周囲の視線を全身に感じる。
 
なんとか取り返した瞬間、なんとおばさんは僕の前頭部をこれまたぴしゃり!連続リアル平手打ちに面食らってしまった。父さんにも殴られたことないのに!
イテテ。なかなか強い…。
 
急な出来事にあっけにとられ、僕は信じられないという表情でおばさんをにらみ返す。
 
でも…ここは香港。相手の土俵だと思い、すぐに立ち去ることにした。何しろ数百軒ある露店の内の一軒目。まだまだこれからなのだ。
 
気を取り直し、その数軒先で最初の露店よりマグネットの品揃えが良いお店を発見。来るラウンド2に向けて気を引き締め直す。
 
近寄ってきたのは、今度はお姉さん。(40代と見られるが、先ほどの平手打ちおばさんと区別するために、お姉さんと呼ぶことにする)
会話はテンポ良く進んだ。
 
「How much is it?」
「ワン、エイティーン」
「冗談はヨシコさんすわ。さっきのお店では10個で100ドルだった、あと今80ドルしか持っていないけど、どう?」
「really?! …じゃあ、8個で80ドルでいいわ」
 
僕の言っていることを信じてくれたのは運が良かった。他の店であれ、「テン、ワンハンドレッド」まで交渉したことを評価してくれたのか、案外あっさり値を落としてくれた。
正直、さっきのおばさんのリアル平手打ちにショックを受けていたのだが、僕はここでダメ元でもうひと踏ん張りだけしてみることにした。
何を言われてもノーとしか言わない。「ナイン」という言葉を聞くまでは。
 
十数秒のにらみ合いでもお姉さんの態度が変わる気配はない。僕はこのお姉さんに対しても奥の手を使うことにした。
 
店から歩き始める。迷っていると思わせないように足早に立ち去る。
数m歩いたところで、ついにお姉さんが折れてくれたようだ。
「ナイン、エイティー!」
 
(カンカンカーン!)
 
試合終了のゴングとともに、僕と女人街の勝負は幕を閉じた。
 
最初のふっかけが7個で100香港ドル、1個あたり14.1香港ドル
最終的には9個で80香港ドル、1個あたり8.9香港ドル
マグネット1個の値段が5.2香港ドル≒80円も変わるのだから、値段交渉はやってみないと分からないし、やらざるを得ないのである。
 
その後、お姉さんは僕がマグネットを選んでいる間、ずっと僕の真横で舌打ちをしていた。そんなプレッシャーを完全にスルーして5分以上かけて選んだ9個のマグネットを、今度はビニール袋に入れてくれず、そのままリュックに入れろと言ってきた。僕はマグネットが傷つくのが嫌だったが、しぶしぶリュックにしまった。これくらいはもう慣れていくしかないと思った。
 
終わった瞬間、ホッとした。終わったこと自体が何よりも嬉しい。
 
値段交渉は真剣勝負だ。決して楽しいだけのものではない。値段が書かれておらず言い値である以上、そして安く買いたいというこちらの心理がある以上、交渉は避けられない。
 
こちらは安く、買いたい。あちらは高く、売りたい。お互いがその心理をぶつけ合った結果が、金額となって表れる。それが値段交渉である。平手打ちおばさんのように、無理やり買わせようとしてくるケースもあるが、意識すべきは、自分が納得した値段なら買えばいいし、納得していないなら買わなければいいというシンプルなことだと思う。店側も納得していなかったら、売ってくれないのだから。
 
でも、やらなくて済むなら値段交渉はしたくない。今回のようなケンカすれすれにならないためにこちらが妥協するというのも、どうも納得がいかない。数ドルの差などは気にしないほどの金持ちになったら考えが変わるのか。そもそも店員が怒るのは演技なのではないのか。帰ってから色々なことが頭に浮かんだ。
 
でも、一つだけはっきり言えることがある。
昨日また別の店でのこと。僕が欲しいのと少し違う種類のマグネット(それでも一個あたりの値段はほとんど変わらないと思う)を5個で89香港ドルとふっかけられて、迷った末にその値段で買っていくインド系の観光客を目の前で見た。そもそもふっかけられていることを分かっていない様子だった。この時はひどい、可哀想と思う私がいたが、振り返ってみて考えが変わった。彼らが納得して買ったのだから、それはもう仕方のないことである。露店側のラッキー。
無知は敵である。
 
※翌日追記 
昨日とは別のナイトマーケットに行ったら、まさかの言い値ではない出店を発見。

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!!!
 
6個で50香港ドルて(笑)
 
昨日の努力はなんだったの(笑)
 
他の露店のほとんどが言い値の中、ここのおじさんはだいぶ先駆的なことをやってらっしゃいました。(しかも安い)
値段交渉せずに済んだのはありがたかったです。友人へのお土産用に6個買えて良かったです。
 
明日はマカオに行きます!
それでは!