タニグチコウヨウ.blog

しょーもない一瞬一瞬を切り取っていきたい。

何を得たいか。

何をしたいか、何を成し遂げたいかと考えること。これは特に、仕事を選ぶ時に避けては通れない問いなのかもしれない。一度きりの人生、私という人間が果たしてどこまでいけるのか、気づいたら妄想している人もいるだろう。僕はそんな人間の典型だと思う。

でも、僕が日頃お世話になっていて尊敬している方は、何をしたいか、ではなく、何を得たいか、を重要視している。

お金なのか、名声なのか、それとも…。
自分は何を報酬として得たいか、まずはそれを決めるべきだと僕に伝えてくれた。

僕は正直、お金も欲しいし、有名にもなりたいし、女の子にモテたい。全部欲しい。僕は元来欲張りな人間だ。

ただ、働く過程や、その後の達成感を考えると、やはり1番の報酬は仲間との喜びなのだと思う。一緒に汗水垂らして、喧嘩して、笑って、泣いて。ワンピースじゃないけど、やはりそれが最も人生を豊かにしてくれるんじゃないかなと考えています。

エネルギーをおれにくださいという暗黒の文章を書いたら、今夜は良い仲間と美味い酒が飲めました。また人生楽しみます。

俺にエネルギーをください。

ここ1年ほど、神奈川県三浦市三崎で色々と活動させてもらっています。
以前とは違います。引きこもっていた時とは違い、外に出ています。外に出て、人と会い、他者に必要とされることが、僕に幸せをもたらすことを知りました。
しかし、それとまた同時に、不甲斐ない自分が嫌にもなります。

周りにいる大人はすごく面白くてアイデアもぽんぽん出せる人ばかりです?

僕はその人たちが大好きだし、これからも出来ることなら一緒に面白いことをしていきたいと思っています。でも、今は圧倒的に想像力も、実行力も、能力も足りていません。

なにより足りていないのは、いつも言っているエネルギーの問題で、突発的な瞬間最大風速的なエネルギーならかなり自信がありますが、基本的に身体は重いし、心は何かを伝えたがっているのにいつも胸の奥にモヤモヤを残ったままで、とにかく元気な、快活な日はほとんどありません。それはおそらく精神的なものと肉体的なものの両方からくるものです。

自分の中にあるエネルギーは、本当にちょっとしたことでどんどん下がっていきます。こうして文章を書きながらも、すごく頭を使っているので、エネルギーはどんどん下がっています。

そんな不甲斐ない自分は、周りにいる大人たちの中にいると一層顕在化します。言葉が喉まで出かかって、出ない。

未だに将来に向けて本格的に舵を切れていないことも、自分に自信を無くさせ、その理由の一つになっている気もします。

自分の性格や日々の生き方を、自分のエネルギーの問題と結びつけ因果関係を出すことはできても、それは僕にとってあまり重要なことではありません。

自分は1年間人を遠ざけてきたからと自分の中で言い訳をしたりする自分にもうんざりします。

うーん、やばいなぁ。
友だちと会ったり、楽しい日もあるんだけどね。

はじめての取材

昨日、メディアへの掲載を目標としたものでは、僕にとってはじめてとなる取材を行った。
取材させていただいた方がとても優しくて気が利く女性で、インタビュアーの僕があたふたしても逆にフォローしてもらえたのはホントに助かった。同時に、相手の話を深く掘り下げることの難しさを痛感し、また帰った後録音した音声を聴きながらよりそう感じた。
 
今日は約2時間半の音声とメモを元にパソコンと向き合った。ある程度文字起こしをし、構成を考える。そこまでは大丈夫。
ただ、何かが足りない。取材相手からはむしろ溢れるほどの貴重な言葉をいただいた。なのにどうして…。
 
アイスカフェラテを飲みながらぼんやりと考えた結果、それは文章の中における視点が彼女の視点とほんのわずかな僕の視点しか存在しなかったからだという結論に至った。
面白い物語は色んな人の色んな思いが混ざり合って複雑になるからこそ面白いのだと思う。
 
というわけで、明日、さらに二人に話を聞きに行きます。思いの連鎖を起こしたい。
どこまで深く、読み応えのある文章にできるか分からないが、やれることは全部やろう。伝えたいことは全て記事に込めてやる。

引っ越しの前日

何もなくなった部屋。
3年間住んだ部屋。
数日前まであらゆる物で散らかっていた床に寝袋を敷き、その上に寝転がってスマホをいじっている。

物が何も無くなると、不思議なほど聴覚が敏感になる。玄関の扉が閉まる音、鍵を閉める音、フローリングの上を歩く音、クーラーの音、甲州街道の交通の音。これらの音は思っていたよりもずっと大きかった。あんな綺麗な高音が出せるわけないが、サチモスのSTAYTUNEを口ずさんでみると、思っていた以上に響いて焦った。鉄筋コンクリートだからと、気にせず大声で歌っていたその頃、両隣の部屋の住民は迷惑していたかもしれない。そんなことをようやく引っ越しする前日になって思ったり。僕はいつも何か大事なことに気づくのに時間がかかってしまう。

横浜出身の僕が明治大学に通うためにわざわざ一人暮らしをしていた理由は、長くなるのでここでは書かないでおく。この3年間はとにかくあっという間だった。ここで過ごした時間を消化して、文章にするのはずっと先になると思う。それでもいつか必ず人に伝えたい。

明日は引っ越しの最後の手続きをして、鍵を管理会社に返して、その後18時からある舞台発表を観に行く。友人が演出を担当していて、僕が演者として出るかもしれなかった舞台だ。その舞台を観て、そこで躍動する友人の姿を見て、自分は何を思うのか、少し怖くもあるが楽しみだ。

少しずつ、自分との付き合いが楽しくなってきた。

十九歳の地図/中上健次

この時代の19歳はこんな感じだったのか…と、少々拍子抜けしてしまう。
 
若者が社会に対しての閉塞感や今の境遇への不満を感じているというのは分かる。が、それを赤の他人に迷惑をかけるという形で解消しようとする奴は今はほとんどいないだろう。
 
当時これを読んだ若者は本当に共感したのだろうか。
 
汗と精液の匂いで充満した部屋で、30代の狂った男と同居しながら、予備校にも行かず新聞配達のアルバイトでなんとか飯を食う「ぼく」は、行き場のないモヤモヤを抱えている。どん底である。
ただ、唯一の救いが、赤の他人に迷惑電話や爆破予告をすることだった。それによって、なんとか社会を変えようとしていた。
 
イライラして親にあたったりするのとは違う。
何か大きなことをしたい、認められたいというだけでもない。
ただ、犯罪まがいなことをして、世の中を少しでも変えたいだけなんだ、「ぼく」は。うん、分からなくもない。でも、そんなことをしても何も変わらないことを知ってしまった。空虚な心だけが残り、ラストはとうとう涙を堪えきれない。
彼にはそうするしか救いがなかったのだから、最後の砦を崩された思いだっただろう。信じていたものを失う時が、生きていて一番つらいんです。そうでしょ?
 
40年以上前に書かれた文章でありながら、人間の本質をついているのは間違いない。
 
 
僕は気怠くって動くのも面倒なことが多いから、わざわざ外に出て迷惑電話や爆破予告をするその無駄なエネルギーにこそ違和感を感じた。
同時にそんな主人公の溢れるエネルギーが羨ましかった。

 

十九才の地図 (河出文庫)

十九才の地図 (河出文庫)

 

 

小学生に戻った気分で。

小学生みたいな日記を書いてみよう。

 

7月2日(日よう日)
今日は、幼なじみのゆうたくんとりょうたくんと50m競走をしました。ゆうたくんもりょうたくんもけっこう速かったですが、僕が一番速かったです。将来はサニブラウン選手みたいに日本一の選手になりたいので、明日からもたくさん練習しようと思います。

 

これでおれの小4くらいだな。たぶん、漢字はそこそこ書けてた。

 

でも大学のレポートも真面目に書いたことはほとんど無いし、根本的な文章力は変わってない気もする。


さて、本日小学校の砂グラウンドで5年振りにタイムを測ったら、7秒3だった。ぶっちゃけ昔の自分からすると全然ダメだが、思ったよりもずっと良かった。嬉しい気持ちが溢れでた。

 

僕は小学校に入った頃から足が速かった。誰と走っても、なんだかんだで1番速かった。だから、走ることが大好きだった。中学に入り、迷うことなく陸上部を選び、50mは6秒2とか3とかだった。

 

でも、引退したことや怪我したことで高2の時点で7秒4まで下がってしまった。

 

それ以来短距離のタイムを測ることはなかった。
それに、現在進行形でアキレス腱の怪我が続いているので、走れない日もよくある。
昔は当たり前だった「走る」ことから、どんどん遠ざかっていたんだ。

 

だからこそ、今日は少し自信がついた。おれの肉体はまだ若いぞ、まだ走れるぞと。
今日のタイムを皮切りに、また徐々にスピードを戻していきたい。
久しぶりに、
「おれ速ぇ!!」
と、走りながら実感するために。

 

未だに身体がベッドから動かない日も多い。生きることが本当に面倒に感じてばかりいる。
そんな時に走ってよかった。2人ともありがとう。

 

ちなみに
りょうたくん8秒0
ゆうたくん8秒3

 

鍛え甲斐があるってもんよ。笑

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スローカーブを、もう一球/山際淳司

 
故・山際淳司さんの書いたスポーツノンフィクションを紹介します。
スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

 

たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。「ゲーム」―なんと面白い言葉だろう。人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。(BOOKデータベースより引用)

 
本書は表題作を含むぜんぶで8つの短編より成り立つ。内訳は野球が4つで、残りはボート、ボクシング、スカッシュ、棒高跳びというマイナー競技である。
 
作者の特徴といっても良いと思うのだが、とにかく文章の構成が素晴らしい。導入と結末の間に回想シーンや相手選手などの発言をふんだんに織り交ぜており、たった1シーンに何重もの深みを持たせている。最初は慣れないかもしれないが、まさに「読ませる」文章である。
主人公の選手だけでなく、ほぼ全ての登場人物にインタビューしている。例えば、表題作の「スローカーブを、もう一球」では自チームの選手や監督だけでなく、相手チームの選手や監督の発言も登場する。
 
その中で特に、最後の「ポール・ヴォルター」に最も引き込まれた。
主人公の高橋卓己さんは非常にストイックな棒高跳びの選手だ。彼がより高い記録を目指す過程における葛藤や喜びが、山際さんの繊細な文章によってありありと表現されている。
ただ、僕が惹きつけられた理由は、それだけではない。この短編だけ、他の7つとは少し異なる思いを持って書かれていると感じたからだ。
 
ぼく自身のことを、ここで語っておけば、ぼくは一度たりとその種の限界に遭遇したことのない、いわば、日常生活者である。肉体の限界に遭遇したいと夢見ながら、目がさめるとぼくは、哀しいかないつも観客席の立場にいるわけだった。(本文より)
 
背が低く、体格で恵まれているとはいえないにもかかわらず、決死の覚悟で自己を追い込み続ける高橋選手を目の当たりして受けた正直な山際さん自身の感情。憧れを通り越し、嫉妬している。そのような個人の感情をノンフィクションの中で表すのは、勇気を伴う大きな挑戦だったのではないか。
これは沢木耕太郎さんの代名詞、ニュージャーナリズムと言えようか。いやいや、もはやノンフィクションの域を出て、山際さんならではの味のあるスタイルを確立されたといっても過言ではないだろう。
 
途中、山際さんはこんなことも言う。
 
暑い一日だった。ぼくは二十代のちょうど半ばあたりを、あえぐように生きていた。たいした夢もなく、「希望」「幸福」関係の言葉とはおよそかけ離れたところをうろついていたというイメージが、残っている。
(中略)
誰もがそうであるように、やりたいことができずにうんざりしていた。そもそも、やりたいことが何なのかわからないという状況もあった。つまり、最悪だった。(本文より)
 
なんだか、今は天国にいらっしゃる山際さんがとても近くに感じました。
 
こちらのブログでより詳細に、分かりやすく「ポール・ヴォルター」、そして山際さんの魅力が書かれています。ぜひこちらもご覧くださいな。
 

d.hatena.ne.jp

 

おしまい。